ほろ酔い老舗巡り。酒好き女子の飲み歩きブログ

日本のごはん・蕎麦屋・飲み屋・おいしいもののメモ。ときどきアートや旅の話

「かのや」新橋駅構内店で仕事帰りごはん【女子的立ち食いそば探訪】

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週3日の仕事帰り。

お腹が減った蕎麦が食べたいという気持ちでいっぱいだった。

この前ブログに書いた立会川の吉田家が、調べてみたら職場の最寄り駅から20分くらいという事が判明したので、頭をよぎったのだが、フリーのほうの原稿をいくつか抱えているものだから、やはり気が引けると思い、新橋でサクッと天ぷらと蕎麦を食してきた。

立ち寄ったのは、都内に数店舗展開している大衆蕎麦の店「かのや」。

新橋の烏森口駅構内にあり、何度か店の前を通っていたが、入店するのは初めて。

店内は、立ち食い的な蕎麦店にしては広め。椅子付きのカウンター席に腰掛ける。

オープンからそう年数は立っておらずきれいなためか、若い女性も多く、一見カフェのような客層。誰でも入りやすい。多くの店舗を展開してる富士そばより入りやすいよ。

ということで、もりそばと、エビ天とイカゲソ天をいただきます。

まずは、蕎麦から。

大衆蕎麦にしてはコシがあり、まずまず。蕎麦の風味も大衆蕎麦店ではあまり感じることはないが、わずかにだが感じられた。

つゆは、あっさりしているが、バランスがよい。

天ぷらは、ゲソ天(160円)が、想像していたのと違った。こじんまりしているものを想像していたのだが、かき揚げのようなものが出てきた。かじってみると、衣はせんべいのようにカタイ!!

え、失敗作…じゃないよね!?そんなわけないか。かけ蕎麦と馴染むように、カリカリに揚げているのだろう。

でも、私が頼んだのはせいろ。熱々のつゆに浸せるわけじゃないから、ひたすら、ガリガリする羽目に…!おかずというより、まるで…ビールのつまみじゃん!!これは想定外だった。

だが、ゲソじたいはしっかり魚介の旨味があって、蕎麦と一緒に食べると結構いい感じだったから、まぁいいか。

エビ天(140円)はかわいいサイズ。こちらは、揚げたてのようで、まぁ普通に美味しい。

というわけで、感想としては、総じて「まずまず」なのだが、最後に味わった蕎麦湯がなかなか美味しかった。しょっぱすぎず薄すぎず甘すぎず辛すぎず、すっと口に馴染むバランスの良い風味をゆっくり味わった。

ちなみに、HPによると、かのやのうどんは手打ち麺、蕎麦は五割蕎麦。どちらも生麺からゆであげているそう。

また、蕎麦のだしは、本ガツオ節、ソーダカツオ節、サバ節でとっており、うどんのほうは、瀬戸内のにぼし、利尻昆布、ウルメ、カツオ、サバ、でとっただしとのこと。

全体的にめちゃめちゃ美味しいというわけではないが、せいろは290円という値段を考えると、がんばっているのではないだろうか。

ちなみに、麺の量はちょっと少な目だった。ここのものなら、ミニ丼とのセットも楽勝で食べられそう…。まぁカロリーについては考えたくないけど。

というわけで、わざわざ行きたい!とは思わないけど、帰り道にあるのでまた利用させてもらうと思う。

 

★「かのや」の魅力:笑っちゃうくらいガリガリのゲソ天、バランスのよいつゆ、量は少な目なのでサイドメニューも存分に楽しめる。

 

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[かのや 新橋駅構内店]
営業時間:7:30~23:00
定休日:無休(1月1日~1月4日のみ休み)
住所:東京都港区新橋2-17-14
アクセス:JR新橋 烏森改札口すぐ

 Google マップ

立会川「吉田家」に再訪。坂本龍馬も舌鼓を打ったとされる十割蕎麦に思いを馳せる

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この間の日曜日に、久しぶりに再訪(二度目)した蕎麦屋が美味しくて美味しくて、月曜くらいからすでにその味が恋しくて、早くまた食べに行きたいと思いを馳せている。

このブログでも前に紹介した、京急立会川駅にある「吉田家」だ。

「吉田家」は創業160年以上の歴史をもつ老舗である。何でもかの坂本龍馬も舌鼓を打ったといわれている。

 

kamakura-enoshima.hatenablog.jp

 

ジャンルとしては、蕎麦会席の店のため、一品料理やお酒も充実。通常の品書きの他に季節のメニューがあるのだけど、これがまた味わいはもちろん、見た目も上品で、お酒を飲むのがグッと楽しくなる。

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この日もその中から3品、夏野菜サラダ(1000円)、うざく(1000円)、雲丹(うに)と生湯葉(ゆば)のべっ甲ジュレがけ(700円)を頼んだ。

夏野菜サラダは、前回来たときも頼んでいたみたい。みょうががたっぷりかかっていて、水菜、おくら、かぼちゃ、アスパラ、サニーレタスなどを自家製らしいドレッシングでいただく。

うざくは上品な量。うなぎは香ばしくきゅうりのわりには歯ごたえがすごい!と思っていたらどうやら、瓜が添えられてたよう。

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雲丹(うに)と生湯葉(ゆば)のべっ甲ジュレがけは、ぬる燗と共に。

そして、しばしピリ辛の蕎麦味噌とお酒を楽しみ、蕎麦へ。

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今日は、とろろそば(1200円くらいだったかな?)を頼んでみる。

吉田家の蕎麦は十割蕎麦だ。しかも、蕎麦は農家と共同栽培のものを自家製粉するというこだわりよう。

蕎麦を目の前にし、1年前に美味しかった記憶はあるが、果たして……?と思っていたが、鈍い記憶よりもはるかに美味しかった。めちゃくちゃ美味しい。なんていうか、ものすごく爽やか。そしてコシがあって、噛めば噛むほど蕎麦の香りがふわふわ口の中で舞い踊る。

つゆはかつおが聞いており優しい味わいで、爽やかな蕎麦の香りとよく合う。今回は、そこにとろろのまろやかさも加わった。

こちらの人気メニューは天ぷらそばと天ざるだそうで、そっちもすごーく気になる。前回食べた天ぷらは確かに美味しかったし、次回来たらぜひ頼みたいな。

訪問した日曜日は20時がラストオーダーで、仕事帰りに寄るのはちょっと厳しいか、と思っていたのだが、先ほど確認したところ日曜以外は20時半ラストオーダーだった。それだったら、仕事帰りによれるではないか。ふらっと一人で足を運ぶのもいいかもしれないな。

純和風の店の佇まいもすごく素敵。

 

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[そば会席 立会川 吉田家]
営業時間:[月・水~金] 11:00~14:00、17:00~20:30(L.O)、[土]11:00~20:30(L.O)、[日・祝] 11:00~20:00(L.O)
定休日:火曜日(祝日営業) 、月に一度連休あり
TEL:03-3763-5903
住所:東京都品川区東大井2-15-13
アクセス:京急線 立会川駅から徒歩約5分、立会川駅から233m

Google マップ

品川発の屋形船で隅田川へ行ったレポート。夜景とお酒と揚げたての天ぷらを楽しむ

 

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猛暑である、今夏。

去年は花火やら海やらへ行ったのだけど、今年は暑すぎて夏らしいことを何もせずに、気が付けば8月も終盤になっていた。

そんな8月最後の週末、彼氏から屋形船に乗ろうやというナイスな誘いがあり、ここぞとばかりに、四苦八苦しながら浴衣を装着し家を出た。

今回は品川からお台場、そして隅田川までを往復する船に乗ることに。屋形船、初体験である。

品川発の屋形船はいくつか運行している模様だったが、今回乗るのは「船清(ふなせい)」という屋形船。料理付きでドリンクは飲み放題、2時間45分の船旅だ。価格は一人1万円(税別)。飲み放題付き、2時間45分というゆったりした時間からして、結構お得な気がするが、その満足度は果たして……。

土曜の15時過ぎに家を出て、品川に到着したのが16時頃、17時半集合のため、軽くビールを飲んでから、受付を済ませるために、船乗り場へ。

乗合い船のため、浴衣を着た訪日観光客や、家族連れ、カップル、などが集まっていた、浴衣を着ている人も多い。まだ出発までに時間があったのではやる気持ちを抑え、少々散歩。他の会社の屋形船を見たりしばしぶらつく。

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時間になり船乗り場に戻り、いよいよ船に乗る。

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船内は掘りごたつ式で、とてもきれいだ。

名前が書かれた札のある席を探し着席。席には、私の好きな浮世絵のうちあわがあった。歌麿。ちょっとうれしい。

料理は本格手的な和食。前菜が並んでいた。

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もちろん、窓からは外の景色を眺めることができる。

出発は18時なので、まだ明るい。

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出発前は、船清のおかみが登場し、ご挨拶。おかみ、スタッフ、料理についてなど説枚があり、船旅と一期一会の出会いに乾杯し船は品川を出発した。

品川の景色を眺めながら、前へ進む船。出発してまもなく、ぐわんぐわんと想像以上に揺れてちょっぴり驚いた。今日はいつもより少し揺れている、とスタッフの方のお話。

が、しかし、全然食欲あるくらいなので、慣れればなんてことはない。

揺れを楽しみながら、日本酒と刺身をいただく。

刺身は築地から仕入れているそうで、おいしい!他の前菜も量は少な目だがどれもきちんとした和食で、安い酒場の料理とは違う趣。

船は、レインボーブリッジを横目に、お台場、勝どきをけて進む。そして、あっという間に日が暮れ、美しい夜景に様変わり。満月が印象的な夜の船旅になっていた。

途中、隅田川にかかるいくつもの橋を潜り抜け進んでゆく。

勝どきや隅田川周辺など、何度も足を運んでいる場所も、川から眺めたことはなく、とても新鮮だった。

そうこうしているうちに、隅田川東京スカイツリーがよく見える地点に到着。

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ここで船は泊まり、デッキに上がることができる。と、東京スカイツリーの輝きと同じくらい、満月が美しくてびっくりした。ちょうど、東京スカイツリーの真横で光を放っているのが印象的だった。

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ここで記念撮影などをし、20分ほど、夜の東京下町の姿を満喫。

その後、船は品川へ戻る。

ちなみに、走行中は、上のデッキに出ることはできないのだが、船内を出て、先頭のデッキへの出入りは自由(喫煙所もある)。帰りは、そこに出てみると、やはり景色がよく見えるし、風を切って、爽快なことこの上なしだった。

そんな感じで、来たルートを戻る。レインボーブリッジの夜景も素晴らしく、久しぶりに写真を取りまくってしまう。

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しばらくして、船は品川へ到着。

ちなみに、気になる料理はというと……、刺身の後に、船清自慢の天ぷらが、これでもか!というほど出てきて、結構満腹になった。1種類揚がったごとに、配りに?来てくれるので揚げたて。味もなかなかのものだった。

その後は梅ごはんと、一口蕎麦とデザートが出て、なかなか豪華な内容。

もちろん、日本酒に梅サワーを飲み、お酒もたっぷり楽しんだ。

時間的にもゆっくりできるし、料理もおいしく、これで1万円はコストパフォーマンスは良いと思う。

ちなみに、船清のHPを見たら、2018年、旅行新聞社主催の、第一回 プロが選ぶ水上観光船30選というもので、日本全国のライン下りや遊覧船を含めた観光船の中で7位に選ばれたそうな。屋形船で10位までに入選したのは船清だけで、やはり評価が高い模様。結構おすすめかも。

ということで、浴衣を着て屋形船で涼をとった週末。やっとのことで夏らしい思い出をつくることができて満足満足。といいいつ、屋形船は1年中やっているのだけどね。冬は鍋が出たり、春はお花見ができたりと季節ごとに違う趣を楽しめるらしい。

 

 

『北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ著【ブックレビュー】〜葛飾応為の物語〜

世界一有名な日本人絵師、葛飾北斎の娘

富士山を日本全国のさまざまな場所から描いた『富嶽三十六景』などで、世界一有名な日本人絵師、葛飾北斎。存命中はヨーロッパの芸術家たちにも影響を与え、その名は褪せることなく、1998年にはアメリカの雑誌『ライフ』の「この1000年でもっとも偉大な業績を残した100人」に、日本人で唯一選ばれています。

この本は、そんな偉大な絵師の娘、葛飾応為の物語です。

江戸を生きた女浮世絵師の一生

たくましい顎から北斎からは「アゴ」と呼ばれていたという、北斎の三女の葛飾応為。幼いころから北斎の仕事を見て育ち、その後は工房を手伝うようになります。年頃になると北斎の弟子の南沢等明と結婚するも離縁。

再び北斎のもとに戻り、助手として働きながら実力をつけていきます。北斎の弟子の面倒もみるようになり、その才能は周囲にも認められるように。北斎に「美人画は応為には敵わない」と言わしめたエピソードは有名です。応為と交流があったと言われる同時期に活躍していた浮世絵師・渓斎英泉も浮世絵の人文録の中で、応為について「北斎の娘のもとで働く娘、名手」その実力を認めていたそうです。

ところが、父北斎の片腕となり、その陰に埋もれてしまったのか、現在確認できる彼女自身の落款が入った作品は、世界でわずか10点ほど。そのため、体が不自由であった北斎の晩年の作品の中には、応為と合作、あるいは、応為が描いた作品がかなりの数紛れていると考える研究者は少なくありません。

北斎は晩年、中風を患っており体が不自由だったにも関わらず作品数が多すぎる、現存している作品のような緻密な表現は不可能、色彩や描線などが若々しい点や構図や細かな描き方などの特徴が作品によって偏っている点、などが挙げられています。

葛飾応為に関する最大の謎。北斎のゴーストペインター説

応為の作品で彩られたモダンな装丁にまず目を奪われる本書。それから、目についたのが作者がカナダ人ということです。

応為の人生は、朝井かまてさん著の『くらら』、江戸風俗研究家の故杉浦日向子さん著の『百日紅』などで何度か描かれてきました。女浮世絵師ということに加え、応為のキャラクターはとても魅力的ですが、それに加え、前述した北斎のゴーストペインター説への謎も、人々の心を揺さぶっているでしょう。

キャサリン・ゴヴィエもその一人で、謎解きや応為に対する強烈な好奇心に駆り立てられたのは言うまでもありません。さらに、このまま応為が歴史から消えてしまうことに危機感を覚えたことも、執筆の動機になっています。

応為の一人称で進んでいく物語。赤子の頃から始まり、少女になり、大人になり、北斎の片腕として、そして絵師としての生き様、ときには恋に落ち、志乃という遊女と友情を育む女としての生き方などが、応為の細かな心理描写と共に、歴史的事実とフィクションを織り交ぜながら生き生きと描かれています。

喜多川歌麿や渓斎英泉などの同時代の浮世絵師も登場させ、当時の時代背景や風俗もしっかり描写されており、すっかり物語に引き込まれていきました。そして、その世界に入っていくにつれ、「なぜ応為は自分の落款で絵を描かなかったのか?」という疑問が私の中から離れなくなります。

まだ絵師になりたての頃なら、北斎の名前入りのほうが売れるからなどの理由があったでしょう。しかし、ある時からは応為の名前で注文も来るようになっていたし、周囲もその実力を認めていました。

物語の中で、英泉も「自分の名前で絵師としての人生を歩め」ということを応為に言っておいます。これは作者の架空のエピソードですが、おそらく、実際に同じような進言をする人もいただろうと思います。しかし、応為は父の落款で描き続けるのです。

ある人にこの話をしたら、「絵を描くことに夢中で名前を入れるとか、名声とかどうでもいいと思ったんじゃない」という答えが返ってきました。それも一理あるかもしれません。でも、私は納得がいかなかった。なんせ、10点ほどの作品しかその名で後世に残していないのだから。「どうでもいい」というよりかは、まるで頑なに自分の名前を入れることを拒んだようにすら思えます。

「女だから」という意識がそうさせたのか。純粋に絵を描くことへの想いがそうさせたのか。応為の北斎への愛がそうさせたのか。もしくは北斎が自分の名誉欲のためにそうさせていたのか。

どれも可能性があり、もしかしたら、その全てが絡まって応為はただ筆を動かすことだけに専念しようとしたのかもしれません。

キャサリン・ゴヴィエも、この問いに関する答えを本書にちりばめています。1番印象に残ったのは以下の箇所。

崎十郎には分かりっこないだろう。父の振る舞い、あの横暴で無礼で自己中心的な振る舞いを、私は楽しんでいたのだ。弟にはそれが苦痛だった。それにもちろん、北斎は別格だった。ほかの者なんかとは比べものにならなかった。あれだけ偉大なものの影になるってことは、陽の光のなかにいるのと同じようなものだった。
「でもな、弟よ、一つだけ言っておきたいことがある。たぶんおまえにゃ気に入らないだろうがね、この世にたった一人、私を分かってくれていた人がいたんだよ。それはお父っつぁんだ。お父っつぁんは、私の才能、ときには自分にも勝る才能を、認めてくれていたんだ」


P.224より引用

あくまでも小説中のフレーズであるものの、私は作者が描いたこの応為の心境は、核心をついているのではと思いました。

人々の魂を揺さぶる名画『雪中虎図』

2017年の秋、大阪で開催された『北斎―富士を超えて―』。この展覧会は、イギリスでも開催された世界規模のもので、海をまたいで北斎の作品が一同に集められ、特に晩年の肉筆画の品揃えは、まさに圧巻でした。ここで私は生まれて初めて絵画を観て涙が止まらなくなるという経験をするのです。なんせ魂を揺さぶられるような作品が次々現れる。

その中でも特に胸に突き刺さってきたのが、『雪中虎図』という作品。虎が雪の中を飛び跳ねている様子が描かれている肉筆画です。躍動感たっぷりの虎は、ふわふわと立体感のある体つきに、まるでこれから天国へでも行くかのような、なんともいえず平和で優しい表情をしています。それでいて、哀愁も漂っており、放っておけなくも見える。そして、冬の静けさを表す白い雪……。

「何なんだろうこの絵は」と、私は衝撃を受けました。体ごと釘付けになり、熱いものが胸に込み上げてきて、涙が次から次へとこぼれた。『雪中虎図』の制作時期は1849年、北斎が没する直前の作品といわれています。

この美術展では、北斎の晩年の作品として展示されていますが、キャサリン・ゴヴィエは同書のあとがきにこの『雪中虎図』は、応為の作品だと推測しています。最初は驚きましたが、時間が経てば経つほど、私も、あれは応為の作品だとうことが腑に落ちるのでした。

虎の優しい表情など女性らしさが見受けられる点や表現に若々しさを感じるなどの描写などでもそう感じますし、他に、絵を書くことへの執念から生きることへの執念も絶やさなかった北斎の絵にしては平和過ぎるような気がしました。

応為から北斎へのオマージュ

さらに、私は思うのです。応為は、死が間近に迫った北斎へのオマージュとして、この作品を仕上げたのではないかと。そんな気がしてならないんです。だから、こんなにも人の胸を打つのではないかと。

事実、『雪中虎図』は、北斎の死の間近の作品と認識されています。また、展覧会の目録の表紙にもなっているし、展覧会へ足を運んだ人たちからも、この作品にとんでもなく胸を打たれたという声が少なくないのです。それほど人々の魂を鷲掴みにするような作品だと思います。

父への愛、偉大な絵師への尊敬の念、画業をこなすパートナーとしての愛情、北斎といることの安心感、天国で安らかに休んでほしいという願い、そんなものが込められていたのではなかったか。

「―この世にたった一人、私を分かってくれていた人がいたんだよ。それはお父っつぁんだ。お父っつぁんは、私の才能、ときには自分にも勝る才能を、認めてくれていたんだ」

――周囲にも評価されたのちは、自らの落款を入れることは難しくなかったはずですし、北斎の死後は自由にそうできたず。それでも確認されている作品が10点あまりというのは、やはり「愛する父にだけ認められればそれでいい」そんな想いが、応為の名誉欲をごっそり包んでしまっていたのでしょうか。

料理や縫い物はできず、酒と煙管をたしなみ、器量も良いとは言えない、女らしくない女だったなどと伝えられる応為。

それでも、父との相思相愛で満たされた気持ちから、自らゴーストペインターを買って出ていたのであれば、それはものすごく“女性らしい”行為だと思います。女が日陰いた時代だから、ということではなく、自らの献身的な想いであえてそうしていた、そうまとめてしまうのは、あまりに美し過ぎますかね……?

 

浮世絵って何?その魅力は?【LOVE 浮世絵】

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ある本がきっかけで、何年か前から、浮世絵にハマっています。

浮世絵って何?と聞かれると、たいていの人は「版画」と答えるのではないでしょうか。私も、恐らく以前はそうだった。

ところが、興味をもって浮世絵のことを知れば知るほど、「版画」とか「アート」といった言葉では表現しきれない世界だなぁと思うようになりました。

では、浮世絵とはなんぞや、というと、短い言葉で定義すると「江戸時代に発展した江戸庶民の風俗を描いた木版画及び絵画」です。でも、なんかそれだけじゃあわかりづらいですよね。

もうちょっと説明してみます。

・版画が中心だけど、普通の絵画もあり、「肉筆画」と呼ばれ区別されている。

・歌舞伎役者を描いた役者絵、江戸の女性を描いた美人画、風景画などもある。

・広告のような宣伝媒体、流行を知るファッション誌、ニュースを知る週刊誌、のような役割をもっていた。

性風俗を描いた春画も含まれる。

ざっと思い浮かぶ限り、このような特徴があります。

ちなみに、現存しているものは当然、とても貴重なものですし、一流の絵師が描いたものは確かに芸術性が高いのですが、現在のように浮世絵をアートとして人々が捉えていたかというと、ちょっと違うようです。1点ものの肉筆画や、多色摺が登場する1764年頃までは別ですが、木版画として大量生産されるようになった後は庶民にとって身近なものでした。

北斎に傾倒したパリの芸術家の1人に、版画家のフェリックス・ブラックモンという人物がいます。彼は、日本から送られた陶磁器の保護のために使われていた、『北斎漫画』(木版画の絵手本・画集)の一部を発見し、狂喜したという有名なエピソードがあります。画集でさえときには消耗品のように扱われていたフシがあるのです。なので浮世絵なども当時の人々にとっては、一部は雑誌や週刊誌感覚であったのかな?と思えるエピソードです。

絵の完成度の高さに驚き芸術性を感じたかと思えば、江戸時代を知るための貴重な資料でもあり写真のような役割を感じることもある、それでいて、江戸の人々にとっては情報媒体として生活の中の身近な存在だった浮世絵。こんな風に多面的な顔をもち、現代には浮世絵の代替になるようなものはありません。私はまず、浮世絵のそんなところにとても惹かれました。

もう1つ、浮世絵の魅力といえば、やはり、絵師の存在です。世界にその名を知らしめた北斎、風景画での人気は北斎にも劣らずの歌川広重美人画で有名な喜多川歌麿、たった10ヶ月の活動期間であった謎の絵師、東洲斎写楽などをはじめ、生い立ちも画風もそれぞれの絵師たちに、心を馳せずにはいられないのです。しかも国内もしくは西洋の同時期の著名な画家たちと比べると、浮世絵師はその素性や人物像の詳細がわからない人物も多く、謎に包まれている点にも、とても好奇心を掻き立てられます。

例えば、インパクトのある役者絵で知られる東洲斎写楽の素性については長年、わかっていませんでした。現在では歌舞伎役者であったことが研究により判明していますが、なぜ絵を描くことになったのか、はたまたなぜたったの10か月で筆を置くことになったのかなどは、謎のまま。

また、浮世絵の多色摺木版画の創始期に活躍した鈴木春信なども、当時人気の絵師に上りつめたにも関わらず、人物像についてわかっていることはごくわずか。例えば、神田に住んでおり比較的裕福な町人であったことなどは判明していますが、絵を学んだ師匠についてさえ、確証はとれていないのです。(京都の浮世絵師、西川祐信の絵本に学んだとされています)

そんな風に、謎が多いことも、浮世絵の魅力。

まだまだ浮世絵初心者の私ではありますが、知れば知るほど楽しくなり、せっせと美術館に足を運んだり、類の本を読んだりしてその世界に浸っています。

そして、昨今、春画北斎若冲といった日本美術の人気がにわかに高まっていますが、友人などでも「浮世絵を見に行った」という話はあまり聞いたことがなく、ちょっともどかしく思っている私。これからこのブログでも浮世絵の魅力についてお伝えしていこうと思っています。